<墨の成長>
製造から三年ぐらいの墨色は幼児の成長のように日に日に変わるといわれています。八年目を迎えたころから墨色に落ち着きと個性が表れはじめ、十六年目からより一層その特徴を顕著にしてゆきます。そして三十年を過ぎると枯れた枯淡なサビのある墨色となるといわれます。
<膠の役割>
あたらしい墨は粘ったり、筆が重いと感じる事があります。 これは新墨の膠が強すぎてしま事が原因ですが、ここに墨という道具の難しさと奥深さ現れています。
墨における膠の役割は主に二つです。まず製造時に煤を練って固める役割。二つ目は描画する際に煤を良く延ばして(分散させて)紙に定着させる役割です。 製造時、膠が弱いと墨が固体を維持できなくなります。強すぎると墨が割れてしまい、墨も磨りにくくなってしまいます。描画時においては、膠が弱いと煤が上手く分散せず、紙にも定着してくれません。多すぎれば墨液の粘りが強くなり、筆が重たく感じてしまいます。
そして、ここで墨作りは重大な問題に当たります。 この二つの役割に必要な膠量がそれぞれ異なるという問題です。
つまり墨を固形にするために必要とする膠量が、描く時には強すぎてしまうのです。
<膠の経年変化>
膠はコラーゲンを含むゼラチンを主成分としたタンパク質です。ゼラチンは水分を含むと加水分解が始まり、高分子から低分子へと変化して粘度が下がるという性質があります。 新墨は乾燥しているように見えても、二割程の水分を保持しています。この水分によって膠の低分子化が起こり、適度に粘度の下がった頃、描くのに適した暢びのよい墨へと変化を遂げます。 また、膠の分散性も弱まるために、筆跡が残る、いわゆる立体的な透明感が表れてくることになります。 少し古い墨の方が書き味が良く発色が良い。理由はこんなところにあります。
<墨色の変化>
煤の粒子径は細かいほど赤系になります。油煙は茶墨と言われるのは煤の粒子が細かい為です。細かい故に煤の流動性が良く、流線表現の際には上等油煙を使った墨を使用すると違いが分かります。対して松煙の粒子は油煙の十~四十倍です。ただし極上の松煙は粒子が細かく、赤系となります。やや大きい粒子が混じると茶系、もっと混じると紫紺系です。青系は殆どが大きな粒子となっています。
不思議なことに墨の中でも、煤は年月を経て炭素凝集が起き、少しづつ煤の粒子が大きくまとまってゆきます。これは油煙も松煙も関係なく起こる現象で、いわゆる青墨化と呼んでいます。 色調変化も古墨の大きな魅力です。
そして三十年を過ぎた頃には枯淡なサビの風合いを帯び始めます。